*****| 第1章 〜序曲〜 |*****


 その日は、突然やってきた。本当に、突然だった。その日は、ちょうど里帰りをしていた。
そのとき、伊戸田亮はちょうど母を乗せて車を運転していた。
「ありがとうね、亮ちゃん。こんなに大きくなっても私をかまってくれて。」
「『亮ちゃん』はやめてくれよ、母さん。もう25歳だよ。それに、子供が親をかまうのはあたりまえじゃないか。」
外には、田園風景が広がり、その先には桜島もみえる。そう、ここは九州・鹿児島。ここはまだのどかな山々が広がる、いわゆる田舎である。
「それにしても亮ちゃん、運転うまいわねぇ。」
「だから『亮ちゃん』はやめてくれといっただろ。」
しばらく、そんな会話をしていた。

 車に取り付けてあるデジタル時計を見ると、午前11時を過ぎていたので、急いで家に帰ることにした。その矢先だった。違和感を覚えた。なにか、少し揺れている。気のせいだと思った。しかし、
「ねぇ、なんか揺れてないかい?」
という母の言葉により、それが気のせいではなことが分かった。急いで車を止めた。車のフロントガラスにかけてあるフラダンス人形が不自然に揺れている。それを確認した瞬間、激しい揺れが、この車を、田舎を、そしてこの鹿児島を襲った。車は蛇行し、となりの田んぼに突っ込んだ。30秒ほどたっただろうか。揺れはおさまった。二人は、間一髪車から逃げていたので無事だった。
「う・・・。母さん!大丈夫か!?」
急いで母の元へ駆けつけた。母は、うつ伏せ状態になっていた。そっと、起こした。 「ああ、大丈夫だよ。ありがとうねぇ、心配してくれて。それより、家にいる父さんが。」 母は、無事だった。二人は、急いで家へと向かった。もちろん、徒歩である。そう遠くはなかった。15分ほどで着いた。家は、作りが古かったので思ったとおり全壊している。
亮は、家に駆け寄り呼びかけた。
「父さーん!大丈夫かーー!俺だよー!亮だ!」
しかし、返事はない。すると、亮は瓦礫をどけ始めた。古い木造二階建てなので、さすがに木屑や釘が多かった。しかし、そんなことは気にしてはいられない。すると、かすかに父の声が聞こえた。それは、うめき声ともとれる、なんとも悲しい叫びだった。
「父さん!今助けてやるからな!」
手が出てきた。そのまま、周辺の瓦礫をどけると、父が出てきた。意識はない。すぐに、救急車をよんだ。母は、後ろで口を手で押さえたまま立ちすくんでいる。のどかな田園に、サイレンが鳴り響いたのはまもなくだった。すぐに救急員が降り、父を担架に乗せ、救急車内へと運んだ。母と亮も同乗し、一行はそのまま病院へ向かった。
無言で救急車は走り続ける。その間、亮は窓越しから町の様子を見ていた。父の姿は痛ましく、見てはいられなかった。しかし、外の景色も痛ましかった。まず、目に入ったのは炎。ところどころで火災が起きている。見ただけで、十数件はあった。倒壊した建物も多くあった。もはや、自分の知っている町ではなかった。

 ふと、記憶が呼び起こされた。1995年の、阪神淡路大震災。そのとき、ちょうど自分は神戸市に住んでいた。あのときの恐怖は、決して忘れることのできるものではなかった。その恐怖が今日、よみがえった。その地震で弟を亡くしたこと。自分も大怪我をしたこと。家が全壊したこと――――――。

もう、あんなことは一生起きないと思っていた。そう考えているうちに、病院へ到着した。予想どおり、混んでいる。父は、すぐに集中治療室へと移送された。自分たちはその部屋には入れないので、外で待つことにした。その間、会話はひとつもない。じっと座って待っているだけだった。
すると、目の前を懐かしい顔ぶれの男が通った。
「よお、亮じゃねえか。」
顔をあげた。そこには、小・中・高と同級生だった東裕次郎がいた。
「・・・東か・・・。」
「暗いな。どうしたんだ。」
「親父が潰れた家の下敷きになった。今集中治療室にいるんだ。」
「そうか・・・。それは・・・。」
その後の言葉を遮るように、亮が尋ねた。
「お前は何やってんだ?」
「俺は・・・。別になにもしてねぇよ。」
「そんなわけないだろ。」
「妹が・・・死んだんだ。さっきの大地震とは関係ない。交通事故だ。笑っちまうだろ?」
その後、亮は黙り込んだ。自分よりも悲しいことがおきたのに、自分より立ち直っている。自分は情けない。そう思った。その気持ちを察してか、東は話題を変えた。
「知ってるか?今回の地震、震源は鹿児島の南東、マグニチュードは6.5だってよ。」
これでは話題変えになっていない。それに、自分は明日東京に帰らねばならない。結局、その日母は父に付き添い、自分は家が倒壊してしまったため、東の家へ泊めてもらうことにした。

 東は、アパートで一人暮らしをしている。両親とは別居しているようだ。だから、遠慮もなにもなかった。
どうやら、東のアパートは大丈夫だったらしい。しかし、ひどく物が散乱している。これは地震のせいなのか。それとも、もともとこうなのか。
「ひどくちらかってるな〜。こりゃ、一晩かけて片付けても無理だな。」
「俺も手伝うぜ。」
「そうか、ありがとな。」
昔から亮の良き理解者であり、大の親友だった東。自分の持っていないものをすべて持っている。片付けをしながら、そんなことを考えていた。時刻は、午前0時をまわっていた。
「ふぅ、疲れたな。ビールでも飲んで、一服するか。」
「ああ、いいな。」
これが災害にあったあとののんきな会話である。しかし電気が止まっているため、冷蔵庫もビールを冷やすことができず、ぬるかった。結局その日は、そのまま寝込んでしまった。

 どうやって明日東京に帰るのか。そして、父は大丈夫だろうか。その二つが、亮の心を押さえつけていた。

第1章 序曲 END


TOPへ戻る

inserted by FC2 system