荷物は、家の下敷きだ。しかし、財布はちょうど持っていたので、何とか東京に帰ることができる。貴重品は身につけていたのでこれといった支障は起こらなかった。不幸中の幸いといったとことか。
翌日朝、亮は東の家を出た。今から、空港へ行く。しかし、近辺の空港は昨日の大地震により、欠航が相次いでいるため、遠いが福岡県の空港にすることにした。タクシーを呼んだ。乗り込む。車は軽快に走る。しかし、空気は重たい。ここで、行き先を告げるのを忘れたため、運転手に話しかけた。
「あ、すいません。福岡国際空港までおねがいします。」
「はいよ。お客さん、行き先言わんもんだから焦っちゃったよ。」
運転手の声は優しかった。そのあと、その運転手とは雑談をした。家族のこと。今の自分のこと。子供のころのこと。すべてを、吐き出した。
半日かけて、タクシーは空港に到着した。料金を払い、降りた。すぐに、飛行機のチケットをとった。出発は二時間後。そのあいだ、亮は空港のロビーで待つことにした。テレビでは、しきりに「鹿児島県沖地震」について報道していた。どうやら、東の言っていたことは本当だったようだ。
気づいたら、飛行機の中にいた。さすがに疲れたので、眠った。目が覚めると、そこは東京だった。羽田空港。そこから、タクシーで東京・港区にある自分のマンションへと向かった。明日には、会社へと顔を出さねばならない。
自分の会社は新聞社である。そう、亮は記者。窓越しに景色を見た。何も変わっていない。鹿児島であんなことが起きたのに、ここは何一つ変わらず、日々同じ時間を刻んでいる。誰もが、その顔に疲労を出さまいと思いながら忙しく道を行き来している。しかし、本当に疲労を出さまいとしているのはこの街そのものかもしれない。日本は、いつからこんな疲れた国になったのか。記者になってから、ますますそう思うようになった。
自宅についた。あのときから開いていない携帯電話を開いてみると、メールが二通来ていた。それは、会社でのパートナー、桜木玲奈からだった。内容は、二通とも地震があったが大丈夫か、というものだった。こんなことは、明日会社に行くから分かるだろう。あえて返信をしなかった。その後、亮は深くソファーに座り込んだ。しばらく、上を向いて考え事をしていた。そのまま眠くなり、横になった。
次の日、目覚めると朝6時だった。なぜか、早起きしてしまう。これは、昔からの癖だった。シャワーを浴び、朝食をとった。そのまま荷物を持ち、エレベーターで一階まで降り、車に乗った。いつもと変わらない出勤。そのまま、会社に向かう。車を止める。本当に時間は流れているのか。
会社に入った。いつもと変わらないロビー。忙しくほかの記者が行き来している。すると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「やあ、伊戸田君じゃあないか。ここにいるってことは、無事だったんだね。」
上司の、能勢繁久だった。この人は、上司でありながらも後輩の身を心配する、今どき珍しい上司だった。これが、理想だろう。
「はい、僕は大丈夫です。しかし、父が建物の下敷きになってしまって・・・。」
「そうか。それは、いけないことを聞いてしまったな。すまない。」
「いいんですよ。」
しばらくそんな会話をしながら、エレベーターで上にあがった。4階で降りた。いっせいに、「おはようございます」の大合唱がとんだ。これも、いつものことである。自分の持ち場に着くや否や、いきなり背中をどつかれた。犯人は、分かっている。
「何でメール返してくれなかったの!?心配したでしょ!」
桜木玲奈だった。こうなることは予想済みだ。
「俺もいろいろと忙しかったんだよ。しかも、俺の実家が倒壊しちゃってよ、大変だったんだぜ。」
「そう・・・。家族とかは大丈夫だったの?」
「親父が家の下敷きになった。それだけだ。」
「それだけって!?」
「あまり聞かんでくれ。思い出したくないんだ・・・。」
「・・・そう。分かったわ。」
今でも、ときどき体が震える。体が怯えている。自分は怖くないのに、体が言うことをきかない。
「・・・例の記事、できてる?」
「なんの記事だ?」
「あの、おととい発覚した今釜議員の汚職事件よ。この前、取材に行ったでしょ?」
「ああ、その記事なら大丈夫だ。」
どうも気分が上がらない。自分の希望した職業なのに、最近は無常観を感じていた。地震のせいなのか。それとも、大都市・東京のせいなのか。そう思いながら、キーボードと格闘していた。昼も、簡単なもので済ませた
昼休み後、会議で呼ばれていた桜木が帰ってきた。その表情は、複雑だった。
「私たち、今回の地震について調べることになったわ。・・・あなたには悪いけど。」
「いや、いいんだ。何時までも逃げてたらだめだろ?」
「それもそうね。それでこそ、我がパートナーよ。」
午後、すぐに出かけた。今回は、東都大学地震研究所、そして気象庁に行くことになっている。あまり気が進まなかった。でも、行くしかない。逃げていては克服できない。俺も、男だ。亮は、研究所へと向かうことになった。
「東都大学」と書かれた看板がある門をくぐると、正面に校舎、隅に目的地があった。迷わずそこへ向かった。生徒が、忙しく廊下を行き来している。思ったより、小ぢんまりしていた。ノックする。すると、中から「どうぞ」という声が聞こえたので、扉を開けた。中は、窓側にパソコン、奥にホワイトボードと黒板、中央には長細い机が二個つなげて置いてあった。クーラーが効いており、涼しかった。
「すいません。取材を依頼した新日新聞社の者ですけど・・・。谷田部博士はいらっしゃいますか?」
すると、助手のような男がこちらに向かってきた。スポーツ刈りに、Tシャツというさわやかな格好だった。
「今、ちょうど谷田部先生は大学に呼ばれたんですよ。僕でよかったら、お話しますけど?まあ、まず座ってください。」
「お名前は、なんとおっしゃるんですか?」
今は、自分ひとりである。桜木は気象庁へ行っている。
「私は、谷田部先生の助手の蒲田です。」
「ありがとうございます。蒲田さん。」
亮は胸ポケットから手帳を取り出した。
「それでは、お願いします。」
「はい。」
「まず、今回の地震はどうとらえていますか?」
蒲田が口を開こうとした瞬間、研究室のドアがあいた。そこには、髭をたくわえた白衣を着た男が立っていた。
「先生!はやいですね。」
「ああ。取材がくると聞いたからな。急いできたんだ。」
「あ、あなたが谷田部博士?」
「そうです。遅れてすいませんな。」
「いえ、いいんですよ。」
「さて、質問だが、地震をどうとらえているか、ですよね。」
「そうです。」
谷田部はそう言うと近くのいすに座った。
「はっきり申し上げるが、私は嘘をつくつもりはない。いいですね?」
「はい・・・。結構です。」
「私は、今回の地震は『何か』大きいことの始まりだと思っている。また大きい地震は来るだろう。近いうちにだ。」
「その根拠は?」
「今までの地震とはゆれ方が違う。性質がまるで違う。そこで、私は前言を申したんです。」
「それでは、今回の地震は『何か』の一部ということですね?」
「そうですね。少なくとも私はそう思います。」
「それでは、その『何か』とは、具体的に言うと・・・。」
「それはまだよくは分かりません。しかし、なにか大きいことがおこることは確かです。」
「そ、そうですか。分かりました。今回は取材に応じて下さってありがとうございます。」
「いえ、いいんですよ。」
そのまま、亮は研究所を出た。しかし、こんな馬鹿げたことなんて記事にできるはずがない。そう思った。そんなことがあってたまるか。
そのまま、車へ向かい、会社に戻った。予想どおり、能勢に感想を聞かれた。
「どうだったかね、伊戸田君。」
「いやぁ、それがですね、記事にもできないような内容なんですよ。」
その後、伊戸田は能勢に内容の詳細を話した。
「へぇ。そんな話がね。確かに、これじゃあ記事にはできないなぁ。これは、今桜木君に行ってもらっている気象庁に賭けるしかないね。」
能勢は、頭を掻きながらそういった。伊戸田は、自分の席に戻った。昼過ぎになった。伊戸田はそのまま一階の食堂へ向かった。いつものようにカレーライスを注文した。注文から五分もたたないうちに、こちらに桜木が向かってきていることに気づいた。
「おう、桜木。遅かったな。」
「結構話が長引いちゃってね。でも、結局曖昧な答えしか分からなかったわ。そっちはどう?」
「こっちもだめだ。とても記事にできる内容じゃあない。」
いつの間にか、桜木は自分の前の席に座っていた。伊戸田の鼓動が、なぜか高まった。
「それって、どういうこと?」
再び、今度は桜木に詳細を話した。
「なるぼどね。たしかに記事にできる内容じゃあないわ。でも、気になるわね。まだ大きい地震が来るなんて。」
「俺は信じちゃいないがな。」
そのうち、カレーが運ばれてきたので、亮はスプーンを手に取った。そのついでに、桜木はオムライスを注文した。
「私は、少なくとも可能性はあると思うわ。」
「何で?」
「だって、絶対に起こらないっていう証拠がないし、立証もされていないでしょ?」
「そりゃそうだが、あの博士の説だって同じ事がいえるぞ。」
その後、二人は昼を済ませ、午後は残った記事を書いていた。あっという間に、一日が終わってしまう。そして、また同じような日がくる。世の中は動いているのは変わりない。
しかし、それは実際に身に降りかかってこなければ、自分の世界は更新されず、無限に一日を繰り返すのだ。その「更新される日」が起こるとは、誰も予想していなかった。
第2章 運命の序曲 END