*****| 第5章 〜近畿壊滅〜 |*****


 伊戸田は、東都大学を出、そのまま東名高速道路に入った。もう時間は遅い。しかし、高速道路だけはいつも混んでいる。インターチェンジの看板の上には、霞がかかった月が見え隠れしていた。月明かりが鮮明に道の先を照らす。ヘッドライトは、いらないほどだった。不気味に光っている。その光は、果たして今後もビル群を照らしていくのか。それとも、廃墟を不気味に照らすのか。その選択は、自分たちの手のひらの上で転がっている。
もちろん、どちらを選択しなければならないかは分かっている。客観的に見てもそうだろう。しかし、今はその選択権がない。方法がない。今まで、人間は多いなる自然災害には無力だった。しかし、今は21世紀。はたして、人間は自然の力に勝てるのか。その可能性すらも、自分の手のひらの上にある。自分の行いによっては、日本を滅ぼしかねない。

 そう考えている間に、車は静岡県浜松市に入っていた。ここは、「東海地震」の予想震源域である。すぐに、浜松西インターチェンジに入った。少し疲れたので、ここで休むことにした。缶コーヒーを買い、車の中で飲んだ。星空が、やっと見え出した。これが、嵐の前の静けさというやつか。今、ここにいる自分以外の人間はこれから何が起こるかなんて知りもしないだろう。いや、言ったところで信じてもらえるはずがない。
出発した。
車は愛知県に入り、名神高速道路に入った。大阪まではまだかかりそうだ。トラックが、横を通り抜けていく。ラジオをつけた。しばらくして、ニュースが始まった。すると、そのアナウンサーはとんでもないことを言い出した。
「近日相次いで起こった大地震について、政府はこれ以上大きな地震は起きないという見解を示しました。これは、中京大学・字梨教授の独自研究に政府が実地検査を行った結果に基づいていると思われます。これに対して、真田総理は、この結果に同意する見通しを立てていると表明しました。」
ラジオを切った。もちろん、客観的に見れば字梨教授の説が受け入れられるだろう。しかし、近畿で地震が起こるとすると、状況は一変する。誰もが、今度は長谷部博士を支持するようになるだろう。そうなると、日本はパニック状態に陥ってしまう。
つい先ほど、日付がかわり地震発生から4日がたつ。伊戸田の車は、名古屋を過ぎ、もう京都に入っていた。日本でも有数の古都・京都。なんでも、夕日に照らされた東寺の五重塔が美しいという。そして、極めつけは世界最古の木造建築物・法隆寺であろう。事によっては、この世界的遺産も失われるかもしれない・・・・。
そんなことを考えているうちに、車は京都を出、とうとう大阪府に入った。夜が明けるころには、窓から通天閣が望めるほどだった。とりあえず、ホテルを探した。これまでの地震の間隔は、約一週間。今日で四日なので、あと三日は待たなければいけない。そのための、宿探しである。伊戸田は、不意に博士が言った言葉を思い出した。雲を見ろ――――。果たして、雲を見て何が分かるのか。とりあえず、車を止め、空を見上げた。真上は、至って雲のない晴天だった。しかし、東南、和歌山、奈良の方角に奇妙な雲を見つけた。一直線の雲がいくつもあり、それがすべて和歌山・奈良の方向を向いていた。さらに、その中心には縦に伸びる竜巻のような雲も見えた。これは、おかしい。すぐに、紙に控えてある電話番号に電話した。すぐに、谷田部がでた。
「もしもし。」
「あの、伊戸田です。」
「ああ、伊戸田さんでしたか。どうかいたしましたか?」
「あの、変な雲が見えるんです。」
「どんな?」
「それが、一直線状の雲がすべて同じ方向を向いているんです。中心には、縦方向に伸びた竜巻上の雲が見えるんです。」
「・・・それは、典型的な地震雲です。竜巻上の雲が見えるというのは・・・危険です。」
「いつぐらいに地震は起こるんですか!?」
「・・・たぶん近日中には起こるでしょう。近いうちに、です。」
この瞬間、自分の世界観が変わった。ここは危ない。いつも見慣れているビルも、危ない。しかし、ここは大都市・大阪。ビルのないところなど皆無に等しい。そう、ここは地獄だ。走った。逃げた。しかし、どうしたいいか分からない。何回か人にぶつかった。

 そして、「その時」は無残にも再び日本を、伊戸田を襲った。激しい揺れ。いや、「激しい」の上である。たしかに、鹿児島の地震とは比べ物にはならなかった。耳には、悲鳴と建物の崩れる音しか入ってこなかった。なかなか揺れは治まらない。伊戸田は、身を投げ出された。そのまま、地面に這っていた。
長い時間がたち、治まった。立ち上がる。すると、その瞬間右肩に激痛が走った。血が滴り落ちている。どうやら、ガラス片が刺さったらしい。あたりは一面、ガラスの海だった。
ふと、異変に気づいた。通天閣がない。ビルの向こうにあるはずの通天閣が無かった。肩をおさえながら、ゆっくりと歩いた。そして、正面の通りに出た。すると、その先には、無残にも折れた通天閣と、その折れ先の残骸が道路をふさいでいた。通天閣が、壊れた。それは、耐え難い事実だった。となりの新世界会館は、見るも無残に倒壊した通天閣の下敷きとなっていた。
ゆっくりと、自分の車へと戻った。しかし、車は数メートル先にさかさまになって壊れていた。まわりには、人が倒れていたり、中には立って歩く者もいた。血が、止まらない。意識が薄れてきた。とうとう、伊戸田はその場に倒れてしまった・・・。

 ふと気が付くと、そこはベッドの上だった。誰かが救急車で運んでくれたらしい。すぐに、自分の脇に二人の人物がいることを認識した。
「おお、やっと意識が戻りましたか。心配しましたよ。」
一人は、谷田部博士だった。
「亮君、大丈夫かい?」
もう一人は、父の弟、つまり叔父の梁瀬雅宣だった。弟だけあって、顔は似ている。
「ああ、叔父さんか・・・。ありがとうございます。」
「いいんだよ。君が生きてくれないと、死んでいった兄さんに申し訳ないじゃないか。」
博士は、深刻な顔をしていた。
「どうしたんですか、博士?」
「また今回も予測が当たってしまった・・・。これからは、私のところにマスコミが来るだろう。おそらく、現時点で日本はパニック状態に陥っている。特に、東京。すでに、買いだめや、避難者が続出している・・・。」
「なんとか、この地震をとめることはできないんですか?早くしないと今度は『南海トラフ』の連鎖地震が始まってしまう・・・。」
「一つだけあるんです。その方法が。」
その瞬間、梁瀬と伊戸田は目を見開いた。
「実に簡単なことです。断層を破壊すればいいんです。」
「でも、その断層って地下深くにあるんですよね?そんなの、どうやって・・・。」
「そこまで掘削すればいいです。その穴に、ミサイル並みの爆薬を方向に点々とある縦に入れる。そして、断層を分断するんです。少なくとも、東海大地震には間に合いませんが、うまくいけば東京湾大地震、第二の連鎖地震は防げるはずです。」
希望が、見えた。しかし、それは同時に時間との戦いであった。

 悔しいが、伊戸田は怪我のため、そのプロジェクトには遅れて参加することになっていた。
「博士、今回の地震の詳細を教えてください。」
「分かりました。震源は奈良県南部。マグニチュードは8.6。いまだかつてない大地震です。同県奈良市でマグニチュード8.4、和歌山県でマグニチュード8、三重県で同じく8、そしてここ、大阪市はマグニチュード7.7です。これにより、近畿地方は事実上壊滅的打撃を受けたことになります。死者はおそらく1万人を超すでしょう。」
「聞かなければよかったですね。」
「そうですね。こちらも話していて辛くなりましたよ。」
「それで、実際に爆薬を仕掛けるのはどこですか?」
「伊豆半島です。」
伊豆半島は、千五百〜百万年前に本州にぶつかってできた、もとはただの島である。そして、本州にぶつかった後、富士山、愛鷹山、箱根山といった富士火山帯を作り出したといわれている。よって、伊豆半島は世界的にも特に例を見ない、珍しい半島ある。今回は、そこに爆薬を仕掛けるのだ。
すでに、叔父は家へと帰っていた。叔父の家は神戸市内にある。博士も、その計画を進めるため、東京へと帰ってしまった。部屋は、自分以外には怪我人ばかりであった。本当に、自分は何ができるのか。この危機的状況でなにができるのか。ずっと、そんなことをベッドに横たわりながら考えていた。
ふと、気がついた。マグニチュードの数値が回数を増すうちにだんだんと大きくなっていく・・・。
最初は、6.5。次が、7.3。そして、今回が8.6。格段と、エネルギーが増している。そうなると、次に起こる東海地震の震度は、9をこし、あわよくば東京湾大地震においては10を越すであろう。そうすれば、文字通り東京は壊滅する。都市機能がマヒしてしまう。ここでこうしてはいられない。
伊戸田は、硬く決心した。

第5章 近畿壊滅 END


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