伊戸田が入院している中、その作戦は進められていた。まだ一般には公表されていない。しかし、着実に、慎重に進められているのは確かだった。しかし、東京は静岡に続き連鎖地震の震源地である。もし、この計画が間に合わなかった場合、東京は壊滅し、次なる連鎖地震が起こってしまう。失敗は許されない。
本拠点は、増築された研究所だった。谷田部博士のもと、慎重に穴を開ける場所を計算しているらしい。
「博士、だいたい場所を特定できました。」
「おお、どこですか。」
「博士の予測通り、伊豆市中央部です。そこを破壊すれば、理論的に最悪の事態は避けることができます。」
伊豆市は、伊豆半島の中央に位置し、伊豆半島では一番面積が広い都市である。今回は、そのほぼ中央部を大断層が通っている。そこを爆破し、大断層を破壊するのだ。理論上では簡単だが、これを実行するとしたら、難しい。何せ、その爆薬を埋めるところは市街地である。失敗してしまうと、後がない。よって、確実に成功させなければいけないのだ。研究室は、そんな張り詰めた空気が漂っていた。長谷部は、それが嫌いだった。今まで、研究室がこんな空気になることはほとんどなかった。
次の日、研究所には使用する爆薬が届けられた。核弾頭ミサイルである。これを、穴に入れて爆発させる。これが、計画の全貌である。今は、詳しい穴とミサイルの位置を特定している。これが一つでもずれれば、断層は完全には破壊されない。よって、この作業には時間がかかるのである。四日がたった。研究室では完全に場所を特定し、あとは実行に移すだけとなっている。そして、その計画は今まさに実行に移された。政府がもつ掘削機をつかい、慎重に穴を開ける。場所は、伊豆市中央。アスファルトを彫り、穴を開けている。朝十時が過ぎたころだった。長谷部が休んでいるテントに、思いがけない人物が尋ねてきた。伊戸田亮である。
「博士、僕にも手伝わせてください。」
「もう、傷はいいんですか?」
「今になって、そんなことは言ってられません。もう二度と他の人に僕のような悲しいことが起こってほしくないんです。」
長谷部は、下を向いて少し考えた。今こそ、決断のときである。
「分かりました。それならば、君にはミサイルと一緒に穴へ降りていって起爆をしてもらいます。危険ですが、いいですか?」
目が、もう迷ってはいなかった。
「分かりました。やります。」
「今、重機で穴を開けているところです。その後は、時間の戦いです。なるべく早く、事を片付けたい。」
午後1時をすぎ、穴の掘削は終わった。今から、いよいよミサイルを入れる作業である。伊戸田は、最後のミサイルの担当になった。待つ間、長谷部からミサイルのことを聞いた。
「あのミサイルは、前にも言ったとおり、核弾頭ミサイルといいます。直径はそんなにないものの、その力はすさまじい。伊戸田君には、鎖で固定したミサイルとともに穴の中へ入ってもらい、起爆スイッチを押してもらいたいのです。押した後は、急いで避難します。また、このミサイルは万が一緊急用に赤いスイッチがあります。これは、押した後30秒後にすぐ爆発する危険なスイッチです。間違えないでください。」
伊戸田は、黙ってうなずいた。緊張している。こんな大役は、人生初である。その間にも、ミサイルは順々に穴へと吸い込まれていった。
そしてとうとう、伊戸田の番である。伊戸田は、防護服を着、命綱を結ばれた。そして、ミサイルは重機につなげられ、伊戸田も一緒に深い穴へと入っていった。胸には、トランシーバーがある。
ミサイルは、順調に下がっていった。このまま、成功すると全員確信していた。しかし、自然は哀れにも人間を裏切った。揺れた。長谷部は、椅子から落ちてしまった。重機は倒れ、隣のテントを直撃した。上からはガラスの雨が降り注ぎ、地割れも発生した。そう、「東海大地震」の発生である。
伊戸田は、穴の両端の壁にたたきつけられた。ミサイルも、揺れている。恐怖が、襲ってきた。怖い。急にそんな感情が伊戸田の心の中に芽生えた。まだ揺れている。これが、大連鎖地震のパワーである。
それからまもなく、揺れは引いた。長谷部は、トランシーバーをつかみ、必死に話しかけた。
「伊戸田君!!大丈夫ですか!?」
すると、荒々しい声が聞こえてきた。
「・・・なんとか大丈夫ですよ。上は大丈夫ですか。」
長谷部は周りを見渡した。重機は倒れており、テントはつぶれていた。外にいたスタッフは全員倒れたままだった。皮肉にも、無事なのはこの二人だけらしい。もう、作戦は続行不可能だった。しかし、もうすぐ最初のミサイルが爆発してしまう。そうなると、伊戸田はたすからない。すると、トランシーバーからまたもや声が聞こえた。
「どうですか・・・?」
「上はもうだめです・・・。作戦は続行不可能・・・。」
すると、思わぬことをトランシーバーは伝えた。
「博士、僕がこの赤いスイッチを押します。博士は、この綱を切ってください。」
「ば、馬鹿なことをいわないでください。たしかに、方法はそれしかない。しかし、自分を犠牲にしないください。」
「いいんです。僕一人の命でこの国を救えるなら。早くやってください。」
不意に、長谷部の目からは涙がこぼれてきた。やるしかないのか。この男をはじめ見たときから、その目には恐怖が渦巻いていた。しかし、それが変わった。人間は、過去の恐怖をそんなに簡単に克服できるのか。この男は、そんな人間だった。その力は、いずれ誰かを救うと思っていた。
「分かりました・・・。すいません。」
長谷部は、ミサイルと重機をつないでいる鎖と、命綱のほうへ向かった。まずは、綱を切った。
「今、切りましたよ。」
「ありがとうございます。これで、気持ちの区切りがつきました。今、赤いスイッチを押したところです。早く、鎖を切ってください。」
鎖を切った。その後、長谷部は走った。罪悪感で心がいっぱいだった。自分は、人を殺した。自分は生きてはいけない存在になった。その心が、足を止めた。ならばいっそ、伊戸田君と一緒になろう。それが、長谷部の最後につぶやいた言葉だった。
上空でヘリコプターに乗っていた助手の浦部は、そのすさまじい爆発を見た。縦一直線に噴煙が上がり、それはまるで火山が噴火したようだった。しかし、隅の一つだけ爆発がやけに早かった。成功したのか。
すべては、今回の作戦にかかっている。浦部は、ただ必死に祈ってた。
第6章 作戦開始 END